2002年11月19日
<一日の始まり>
5:30に起きるつもりだったが目が覚めると既に20分過ぎていた。窓から外を見ると空が少し赤い。日の出はこれ位の時間なのだな。20分で支度を済ませバスターミナルへ向かう。今日は7:00ビエンチャン発のバスに乗り北へ約4時間のバンビエンを目指す。
<バンビエンへ>
バスターミナルへ向かう途中でフランスパンの屋台に寄る。1本くれと告げるとおばちゃんは無造作に一番上のパンをビニール袋に詰めて私に渡した。そのパンにハエが止まっていたのをしっかり見ていたのだけれど・・・まぁいいか。ビエンチャンにはフランスパンの屋台が多い。お金を払えばパンの中に野菜や肉を挟んでくれる。
バスの発車30分前に乗車。ほとんどの座席が埋まっていた。更に人が増え定刻の5分前にバスは出発した。座席は満席。立っている人が10人程度。運転席の上には日本のODAシールが貼ってあり1988-1989年に贈られたと書かれている。ラオスは日本から贈与されたバスが多いらしく他のバスでも何回か見かけた。
走り始めて少し経つと車掌が回ってきて「ちょっと尻を上げろ」と言う。尻を上げると下のクッションを少し通路側へ移動させ立っている人を座らせていた。これがラオス流か。皆で資源を共有するのは良い考えだがホント狭いぞ。
私の隣には色黒でぷっくりした若いラオス人の女性が座っていた。向こうから声をかけてきたので話をしたら「バンコクに日本人の彼がいるの」と言っていた。正直あまりかわいい子ではないので物好きな奴もいるなぁと思ったが日本人に良い印象を持ってくれているからそれはそれで良いか。これが草の根の国際交流か?
ヴィエンチャン市街を抜け郊外へ出ると緑が多い。人家もまばらである。途中バスは何度か休憩し山道へ入る。オンボロバスはとろとろ上り目的地には予定通り4時間で到着する。
<バンビエン>
彼女に別れを告げ、市内へ。まずはホテル探し。数軒まわり、一番安かった嫌な臭いとちょっとジメジメした3ドルの宿に決める。一晩だけの宿なら安さが命でしょ。ネタにもなるしね。
荷物を置いて散歩へ。小さい町だ。すぐ近くに川が走り周りは山と緑に囲まれている。ガイドブックではラオスの桂林と形容されている。確かに景色は良いな。町の南にあるこの町最大の観光名所バンビエンリゾートへ向かう。市内はアスファルトで舗装されているが少し外れると砂利道になる。更に歩くとひなびた感じがする目的地へ到着する。
入場料を払い中へ。リゾートと名前は立派だがキャンプ場のような雰囲気がする。入口付近にバンガローがあり宿泊ができるそうだ。中には吊り橋や牛、山羊、羊にレストラン、水遊びのできる場所などがある。中でも一番の見所は奥にある鍾乳洞。私も入ったがキツイ石段があり中高年には厳しい模様。外人のおばちゃんがひいひい言いながら上っていました。(笑) 全般的にのどかでゆっくりするのに良い雰囲気。水浴び場ではラオス人が服のまま入ってシャンプーで頭を洗っていた。何故リゾートでシャンプー???(爆)
以下の写真は左から"水浴び場"、"鍾乳洞内部"、"鍾乳洞を上がった見晴台から見た風景"
何時間かくつろいだ時間を過ごし町へ戻る。両替レートの確認をしたりインターネットカフェを覘いたりした。(両替レートはビエンチャンと同じ。インターネットは1分300kipでビエンチャンの3倍。日本語入力可だった。) 川沿いに小さな市場があってその辺りが一番賑わっている。ここには土産物、果物、魚、野菜、CD、日用品など生活するのには困らないだろうな。なまものを売る魚屋、肉屋はハエに大人気。おばちゃんが先端にビニール袋をつけた棒で追い払っていたがほとんど効果は無い様だった。
夕方、川へ夕日を見に行く。しかし、赤く燃える前に太陽が山に隠れてしまい成果は上がらず。川を見ていると大型のタイヤチューブで川を流れる外人多数。この町の名物のひとつらしい。川を渡った所に外人向けレストランがあり大音量で音楽を流し静かな良い雰囲気をぶち壊していた。静かな雰囲気を保った方が町全体として観光客がたくさん来ると思うんだけどな。
夕食を食べた後にふらふらしていたらバスで隣だった娘が屋台にいるのを発見。来いというので隣に座る。屋台の内側から見る世界は異質でちょっとドキドキ。夕食を既に食ったにも関わらず鶏肉ともち米をご馳走になった。その後、この娘の兄弟や親戚が来て日本語教えてと言われたのでなんちゃって日本語講座開講。"I love you", "What is your name?"など簡単な事を質問されたので答える。子供が沢山いて表情がコロコロ変わって面白かった。ネタが尽きてきたので暇を告げ宿へ戻る。
<一日の終わり>
明日はバスで約8時間のルアンパパーンへ向かう。バンビエン何も無いけどゆっくりするには良い所だな。
計:68500kip (US1$=10710kip)