エクアドル旅行記

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エクアドル放浪記

第六部 コスタのちクエンカ

<アンバトからマンタ>
とにかく長い道のりであった。アンバトから再び同じ道を通りサントドミンゴへ。そして更に何時間も走りやっとマンタへ。アンバトは海抜約2800メートルありここマンタは海抜ゼロである。標高が高いと空気が薄いのは本当のようで私の乗っていたバスはシエラを走っている時はエンジンの調子が悪く何度か停車していたのだが下へ降りてくると何事も無かったようにノンストップで走っていた。

<マンタ>マンタ川
マンタのバスターミナルから少し歩くと海である。「海を最後に間近で見たのはいつだったのだろうか?」 インドで溺れてから、海は嫌いと公言してはばからない私であるが海を懐かしく思ってしまった。

マンタはエクアドル西部に位置するマナビー州に属し貿易港として栄えている。またそれ程綺麗ではないのだが海岸も有名だ。マンタ川から東をTarqui(タルキー)地区と呼ぶ。マンタ川は工場の排水でピンク色に染まり強烈な臭いを発している。その水が直接タルキーの海岸へ注いでいるのでここで泳ぐ気は全くしなかった。また、タルキー側は治安が悪いらしく海岸で泥棒が良く出没するらしい。

街を歩いていて気付いたがここでは全くインディヘナを見かけない。友人に聞いた話だが海岸沿いにはほとんどインディヘナはいないそうだ。インカの末裔は祖先と同じく高地に住むのが居心地が良いのであろうか?

マンタの海岸ここでも友人を訪ね仕事先を見せてもらったりマンタ在住の日本人の方に夕食にご招待して頂きこの国で決して口にする事は無いと思っていた「鉄火丼」 をご馳走になる。ちゃんと飯は酢飯でした。一緒に頂いた煮物も日本の味。不覚にも感動。日本人の口には日本人の料理した日本料理が一番合う。本当にご馳走様でした。m(._.)m マンタサイコー!!!

偶然聞いた話だと7〜8月は沿岸に鯨が来ていて鯨見学ツアーがマンタより3時間程度の村から出ているらしい。鯨か・・・刺身が美味しいんだよな。違う違う俺!?食べるんじゃなくて見に行くの!どうやら鉄火丼で日本の味にやられてしまったらしい(笑) そんな訳で鯨を食べ見に行く事にする。

<マンタからプエルトロペス>
マンタ港マンタから直通バスに乗り鯨ツアーが出ているプエルトロペスへ向かう。マンタを出発したのが夕方だったためバスが進むと共に太陽が沈んでいく。シエラと違い窓から吹き込む風は湿気を含み生温かい。荒涼とした道を進み経由地のヒッピハッパへ到着した時は外は真っ暗になっていた。

ヒッピハッパでほとんどの乗客を降ろし10分程度停車し再びバスは走り始める。道には灯りが無く本当に真っ暗。バスの乗り降りドアが馬鹿になっていてカーブに差し掛かると勝手に開き風が吹き込んでくる。暗闇の中を走り続け目の前に町の明かりが見えてくる。「プエルトロペスか?」 しかしバスは止まることなく通り過ぎる。そんな事が何回か続きやっとバスは停車する。

<プエルトロペス>
プエルトロペスガイドブックにも載っていない、全く情報の無い町(※後で気付いたが実は載っていた) へ暗くなってから着くのは嫌な事である。小さな村と聞いていたので店もほとんど閉まっているのかと思っていたが実際は目抜き通りには明りが煌々と灯り人通りも多かった。明日の鯨ツアーを申し込むためツアー会社を周る。

一軒目は予定額より少し高かったので却下。二軒目も予定金額より高い金額を提示してきたので立ち去ろうとしたら予定金額丁度のUS20ドルにすると言う。いつもであれば「だったら最初からその値段を提示しろ!」 と言って立ち去るのだが宿を見つけていない、夕食も食べていない状況で面倒になりここに決めてしまった。

ツアー会社の兄ちゃんに安い宿を教えてもらい歩いて数分の宿へ。外国人向けの宿らしく西洋人が多数たむろしている。建物はバンガロー風でエクアドルで初めてドミトリーに遭遇した。ドミトリーしかないと言われたので部屋と共用シャワーを見せてもらいここに決める。US4.5ドルでホットシャワーが使えれば上出来でしょ。

外で食事をする。歩いているのはほとんど白人。キトもクエンカも夜8時を過ぎるとほとんどの店が閉まってしまうのだがここは観光で潤っているだけあって夜遅くまで店が開いているようだ。

宿のドミトリーは4人用で今日は私の他にスイス人の女性が泊まっていた。テナの近くにあるホテルで働いていて休暇でプエルトロペスに来たらしい。少し雑談をして明日に供え寝る事にする。

<鯨ツアー>
鯨ツアーの船目覚まし時計の助けを受ける事無く自然に目が覚める。朝早くにツアー会社に集合と言われていたので間に合うように宿を出る。無事時間の5分前に到着。まだツアー会社の兄ちゃんしかいない。「他に何人いるんだ?」 と質問したら「イギリス人3人にオランダ人2人」 だとか。イギリス人3人は約10分遅れて到着。オランダの2人は1時間遅れて到着。しかもごめんの一言も無し。「オランダ人は大麻のやりすぎで頭がおかしいんだよ」 という偏見に満ちた友人の言葉を思い出しながらやっとオフィスを離れ海岸へ向かう。(※オランダは限られた場所で合法的に大麻を使用する事ができる)

さてやっと歩いて5分の海岸に到着。「いざ出発!」と思っていたら「まだ他の客が来るから待て」だって・・・海岸にたむろするガキの中に「Japón, Karate!」(日本, 空手) と連呼する奴がいたのでそいつにエセ空手を教えて暇を潰していた。

更に1時間程待ちエクアドル人の集団(約10人) がやって来る。どうやら彼らが私と同じ船の客らしい。浅瀬につけられた船(たぶん漁船) にやっと乗り込む。各自に救命胴衣が配られ船はやっと沖へ出発した。

鯨ツアーの船内狭い。定員ギリギリまで詰め込まれた船内はゆったりするスペースは無い。沖に向かう途中にガイドから各種注意を受ける。なんとなくわかった。ような気がした。。。鯨見学ポイントに向かうまで時間があり隣に座っていたエクアドル人のおばちゃんと話をしていた。「外国は何カ国も知っている。ガラパゴスに行った事がある」なんて言っていたのでかなりの金持ちなのだろう。プエルトロペスのような外国人向け観光地に来るエクアドル人はやはり金持ちなのである。(※エクアドル人でガラパゴスへ行けるのはかなりの金持ちだけ。今まで会ったクエンカにいるエクアドル人たちでガラパゴスを知っている人とは一度も会った事がない。)

鯨のしっぽ走り始めて40分程度の所で乗客の1人が「あそこに鯨がいるぞ!」と言ってある方向を指した。全員の視線がそちらへ向かう。確かに背ビレらしき物が見える。みんなが立ち上がって見たらガイドに危ないと怒られた。。。

約1時間走り船の速度が落ちる。鯨に会えるポイントへ到着したようだ。ガイドから再度説明があり交代で船首に出る事になった。船首に行くには海に身を乗り出して狭い足場を渡って行かねばならない。私は3番目に渡る事になり恐る恐るだが無事船首へ。少し走ると船から30メートル程離れた所に背びれを発見。どうやら2頭いるようだ。鯨はグループで行動するとガイドは言っていた。ジャンプしないかなと期待して見ていたが背びれを出したり引っ込めたりちょっと潮を吹いたりするだけだった。交代を促され船内へ戻る。

船内からも鯨を追うが相変わらず同じ動きをするだけである。飽きてきてふと船尾に目を向けるとイギリス人の大黒様のようなお腹が目に飛び込んでくる。彼女は屋根の上へ顔を出していたので腹が丁度私の目線と同じ高さにあったのだ。汚い物を見せられ精神的に大きなダメージを受ける。それでも「大黒様なら縁起の良い話だよな」 と自分に言い聞かせ立ち直り再び鯨を追う。

鯨の背中相変わらず鯨は単調な動きを繰り返すのみ。また視線をよそへやると「あれ!?鯨が跳んでいる?」 船から数百メートル離れた所で白い腹を見せた鯨が宙に浮かんでいる。カメラを向けるがすぐに鯨は大きな水しぶきを残して姿を消した。これってイギリスの大黒様のおかげか?

ジャンプを見て数分後、ガイドが鯨の種類の説明を始めた。これからどうするのか質問したらプエルトロペスへ帰るらしい。近くでジャンプを見たかったのに残念。まぁ大黒様は近くで見れたけど・・・軽食が配られ口にする。そして船は一路プエルトロペスへ向かったのである。

帰りの船の中で子供が親に「鯨のジャンプ3回見たよ」 と報告していた。おいらは1回見たから良かったけど、もし見ていなかったら悔しさのあまりこの餓鬼を海へ放り投げてたり・・・しないっすよ (笑)

船は無事にプエルトロペスに到着する。船から砂浜に降りると椅子と水の入ったペットボトルを持った大勢の子供が足を洗わせろ!と突進してきた。私はいらないよと断り砂浜を後にする。砂浜に面した道で砂を払っていたら朝、「日本、カラテ」 と連呼していた子供が再び来て「空手教えろ」 と言うので空手経験ゼロの私だがなんちゃって空手を教えてみた。男の子は見よう見真似でこちらに続く。なんだか申し訳ないような気がしたので「なんで空手知ってるの?」 と質問。「映画で見た」 らしい。その後も少し話し新しい船が到着したのを見て私に「Adios!」 と言って去って行った。柔道ならわかるんだが空手も少しやっとけば良かったな。

<クエンカへ>
プエルトロペスをすぐに出発しクエンカへ向かう。2週間ぶりの我が家だ!!!

ところが久しぶりに自分の部屋に入ってもいつものように帰って来た気がしない。どうやら3ヶ月住んだだけでは本能的に自分の家と認識しないようだ。一体何ヶ月住んだら自分の家と認識できるのだろうか?今後旅に出た時に検証する事にしよう。次はいずこへ?ガラパゴスかエクアドル南部か。それは未来の私だけが知っている・・・

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