第二部 サンガイ横断を目指す
リオバンバで豚の丸焼きを食い、バスターミナル近くのしょぼい遊園地前から出るグアモテ(Guamote)行きバスに乗り休む間もなく出発した。
一時間強で目的地に到着し駅前の一泊三ドルの宿に入る。グアモテはぐるっと周るのに三十分かからない小さな町だ。見所はリオバンバ、アラウシ間を走る列車の停車駅と白いドームの教会。何かのついでじゃないと観光客は来ないだろうな。
ここからサンガイの入口のアティージョ(Atillo)行きのピックアップトラックが出ていはず。町の人に聞くと明日はないらしい。それは困ったと沢山の人に質問するが皆、同じ答え。参ったなと思っていたら「酒屋の前から早朝にアラオ行きトラックが出る」とおっさんに教えてもらった。店員に聞くと「そうだ」と肯定。「ただ俺じゃわからないからまた後でまた来い」との事。いつ頃帰ってくるか聞いたら「一時間後」と言われ、その時間に行くと不在。宿に帰って更に一時間後に再訪。今度はいた!トラックの運転手の黒い帽子に黒いポンチョを纏ったインディヘナの男と話をすると出発は朝三時、片道三ドルらしい。選択肢はないので約束して宿に戻る。時間にルーズなエクアドル。そんなに朝早くて彼は起きられるのだろうか?
そして日が変わって三時。標高が高いので寒い。空はまだ暗く、道は街灯のオレンジ色の明かりであかるい。ドキドキしながら辿り着くと予想通り彼はいない。トラックはあるので待てば来るはず。一時間か二時間かわからないけれど待つしかない。長期戦を覚悟。しかし、たった十分で現れた!おぉ奇跡だ(笑)
トラックは意外にも舗装路を走りアティージョへ向かう。幹線道路の建設は思っているより進んでいるらしい。運転手はアティージョ近くの村で酪農をしているそうで朝六時までに帰って牛の乳搾りをしなきゃいけないからこんなに朝早く出発したらしい。二時間ちょっと走り一軒の小屋の前に到着した。
朝はまだ明けていない。標高は更に上がり三千メートル超、吐く息は真っ白で骨身にしみる寒さだ。運転手がクラクションを鳴らし小屋の明かりが点く。少し待つと背の低くてロングスカートに毛糸のオーバーを纏った女性が中から出てきて小屋に入るように勧められた。ここは休憩所らしいのだ。運転手に礼を言い別れ小屋へ入る。
彼女は薪を暖炉にくべ火を起こしてくれた。小屋の中には木製の長い机が四つ置かれそれにあわせて背もたれのないベンチ型の椅子が並べられている。広さは三十畳ほどでがらんとしている。板張りの壁には近辺の地図やエクアドルの観光振興ポスターが貼られている。
用があれば呼んでねと彼女は奥へ引っ込んだ。火勢が少しずつ強くなり暖炉の近くは少しずつ暖かくなる。少し眠ろうかと思ったけれど寝袋に入っても寒い。ぼーっとした状態で暖炉の近くで座り夜明けを待った。
窓の外が白みはじめ周りに高い山があるのがわかる。裏は谷になっていて川が流れ低いところで牛が放牧されている。一部の山の斜面には畑が広がっている。七時を過ぎると彼女は再び戻ってきて朝食を勧められた。携帯食にガスコンロがあるので必要なかったのだが朝早く起こしてしまったし客もあまり来ない様子だったのでお願いする。少し待つと目玉焼きにトースト、コーヒーのセットが運ばれてくるこれで二ドル。他所と比べると高いけれどここでは適正価格かな。この小屋と隣接してもう一軒小屋がありそこではお菓子に麺、雑貨などが売られている。道を挟んで竪穴式住居のような宿泊施設もある。
もっと売り上げに貢献して欲しい感じだったが私がもう行くと告げるとまた来てねと気持ちよく見送ってくれた。今日の目的地はここから約十キロ先の湖。曇り空の下、牧場やとど松の林を横に見て約二時間の道のり。途中600ヘクタールの売地があったけれど国立公園内ってそんな簡単に売買できるもんなのね。
湖より少し高い所にテントを張る。夜に向け薪を探す。湿った木がほとんどだったが仕方ない。昼飯を食ってゆっくりしていたらバイクに乗ったおっさん登場。公園のレンジャーだ。入園料を払えと言われたのでアラオでもらった入場券の半券を見せた。同じサンガイ国立公園なので共有できるらしい。世間話をして最後にゴミを捨てないように言って彼は去った。去る前にタバコの吸殻を草の間に埋めたけどそれははゴミ放置には当たらないのか??? 途中、青空が見え気持ちよかったので何時間か昼寝。青空の下でゆっくり寝るのも気分の良いものである。時間が経つにつれ雲が多くなり日が傾き始めた頃には一面灰色。雨が降らなければ良いのだけれど。
暗くなる前に焚火を起こし、ガスコンロでラーメンを作る。暗くなって焚火のそばで座っていたら所々で黄緑色の光が点灯し始めた。蛍だ。昼間見た湖は所々ゴミが浮いていたり汚染が進んでいると思ったのだがそうでもないのか。
心配は現実になり夜がふけると雨が降り始めたのでテントに入る。明日、国立公園を横断する予定だ。雨音が更に強くなり意識が消えた。
夜中、冷たくて目が覚める。足元にみずたまりができているじゃないか! どうやら入口から水が漏れているようだ。タオルで水を拭くも濡れた寝袋は使えない。寒いわ、眠れないわ、まだ水漏れするわ最悪の状態で五時間過ごす。やっと薄明るくなり雨空の下へ出る。
傘の下にコンロを置き朝食の準備。再び麺。調理がお手軽だし荷物も抑えられる。健康には悪そうだけどね。濡れたテントを畳む。レインコートを着て汗をかくと蒸れるのであまり好きではないのだが雨が止まないので身に纏い出発。
ところが歩き始めて少しすると雨が止んでしまった。嫌々レインコートを着たのに〜〜〜 我侭な男である。
少し上りこの道で最も高い三四〇〇メートルを過ぎ少し歩くと景色が一変する。今までは湖が点在しパハと呼ばれる葉の細い腰くらいの高さの草が一面に生えていたがそれが消え熱帯雨林が姿を現す。ここからは下りで滝が多くなる。
途中、昨日会ったレンジャー小屋の前を通ったら彼が偶然いたので世間話をした。サンガイの地形、二月三月は天気が悪いなどなど。確かにサンガイ国立公園にいるのに天気が悪くてシンボルのサンガイ山を見ていないな。下から見られると良いのだけれど。
ここから下ったり少し上ったり休憩したりしながらゆっくりと歩く。途中、崩された崖、伐採された林、残土が下に捨てられ木をなぎ倒し下を流れる川を汚染している姿など環境破壊を目の当たりにした。
サンガイ国立公園は危機にさらされている世界遺産に登録されているが確かに酷い。マカス・リオバンバを繋げば確かに経済的効率は上がるだろう。しかし、エクアドルはガラパゴスでエコツーリングのノウハウがあるのだから下手に開発するよりも観光収入を目当てにした方が長期的に利益があがると思うんだが。
出発して約七時間でトンネル工事現場に到着。ここは工事の最後の難所で他の区間は完成しておりここが開通すると国立公園を通って約六時間でマカス・リオバンバまで車で行ける。開通していないのでここでは迂回路を使う。丸太で足場が組まれている所もあるが他は泥道。長靴が必須だ。急な下り坂を進み丸太の橋を渡る。手すりがあるが揺れる。下は急流。泳ぎが不得手だから落ちたら死ぬな。と考えながらスーッと無事に渡り切る。そして水溜り当たり前、道はぬかるんでナンボと言わんばかりの悪路を上る。
細い曲がった道を上りきると反対側の入口に出る。するとトンネルから土を大量に運んで出てきたブルドーザーが目に入る。ブルドーザーは崖に頭を向け、何のためらいもなく土砂を下へ落とした。下には元々森があったようだが土砂の重みに耐えられずなぎ倒されている。下には川が流れていたが土砂で濁っていた。酷いもんだ。
ここから二・三十分歩くと集落があり学校に無料で泊まって良いと言われたのでお世話になることにする。この集落はだいたい百人程の住民が住んでいるらしく木造の新しい家が何軒も建てられている。道路工事で大きくなった村のようだ。掘っ立て小屋の雑貨屋がありお菓子、缶詰、ビールなど買える。学校のグラウンドでは女性が集まってフットサルをしている。
暗くなり電気がないので蝋燭を床の上に灯す。寝袋を敷き寝ようと思ったら村長と名乗る男がやってきた。 何か必要な物はあるかと聞かれたが丁重に断る。この時はまだ翌日のトラブル発生を予想できなかったのである。