インド旅行記

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インドふらふら記

第四部 北インド

ストゥーパーマンドゥからやって来ましたボーパール。この町はゴミゴミしていて特に見所はなさそう。ってな訳でバスで約1時間半のサーンチーまで足を伸ばす。ここにはストゥーパーと呼ばれる仏教遺跡がある。日本でお墓の脇に立っている卒塔婆(そとば)の起源ってこのストゥーパーらしいですよ。遺跡に入ろうとしたらチケット売り場が無い。入口から約50メートル戻った博物館で入場チケットを売っているらしい。不親切な設計です。出だしはつまづいたが天気が良く公園内は静かでとても感じが良い。気に入ってしまいました。

そろそろした方が良いかなとサーンチーの電話屋でデリーのマレーシア航空オフィスへリコンファームの電話。ほんのちょっとしか話さなかったのにべらぼうに高かったのはぼったくられたんだろうか?

ミトゥナ像ボーパールへ戻ってきたらホーリーの猛威が町を包んでいた。すぐに夜バスで次の町へ出発したおかげで被害はゼロ。酔っ払ったりらりっちゃってる人ばっかりだから外を歩いていると危ないんだよね。

朝になり経由地に着きカジュラーホー行きのバスを探したらホーリーの翌日はバスの運ちゃんもダウンしているから無いとの答え!ありゃりゃどうするんだ!?と思っていたら他にもカジュラーホーへ行くインド人がいたので彼らと話し合いオートリクシャーで行く事になった。日本人3人とインド人2人の乗客、そして運転手のインド人1人。計6人のリクシャーは走り始める。狭い、明らかに定員オーバーなのは乗っていてわかる。それでも無事40kmの道のりを走り切りカジュラーホーへ到着!

タージマハルカジュラーホーではミトゥナ像(合体像)を鑑賞。このアホさ(失礼!?)がインドらしい芸術です。ここのインド人は日本語で話しかけてくる奴が多かった。私の中では"日本語を話す現地人=100%敵"という構図が出来ているのでうざったるかった。

そしてアーグラへ。白く輝くタージマハルを鑑賞し、またまた面白い出会いあり、初めてインドで切符を買い、クルター(インドの民族衣装)を着ていたら柄の悪いインド人に絡まれる。そんな数日間であった。ここでマンドゥで会ったバックパッカーとはお別れ。タージマハルで会った人と一緒にカジュラーホーへ行くとか。別れを告げ再び男二人になり電車で最終目的地デリーへ向かうのである。

ゴールデンカフェデリーへ向かう電車で日本人と会った。彼はインド人が心の底から嫌いのようで止せば良いのにインド人に対して挑発的な態度を取っていた。同行者は瞬間湯沸かし器系の人なのだがインド人が嫌なのはわかるけど何も挑発しなくてもねぇと言っていた。結局インド最終日まで彼と一緒に行動していたが性格が違ったから一緒にいられたんだろうな。色々と考える事が多くこの旅をより有意義にしてくれたのは彼の存在だろうな。感謝せねば。

デリーでも色々な出来事があったがそれも楽しかったな。そうそう、メインバザールにあったチベット料理の店"Golden Cafe"に何回も通ったっけ。観光客の多い北インドまで来るとカレーだけではなく他の料理も食べられるようになる。デリーは食では恵まれていたな。さすが首都。

メインバザール最後の日、夕日が沈み暗くなり飛行機の時間に合わせて宿を出る。1ヶ月近く一緒にいた彼に部屋で別れを告げる。さて、ここからまた一人旅だ!メインバザールを通りニューデリー駅へ。反対口へ出て真っ暗なバス乗り場から空港行きのバスに乗り市中心部に別れを告げる。

無事に空港へ着きチェックインを済ませ搭乗口へ。荷物検査で電池が引っ掛り取り上げられたが何て事は無い。飛行機に乗り待つ事少々、ゆっくりと動き始める。遂にインドともお別れだ。滑走路の入口で一瞬止まり轟音を立てて加速を始める。前輪が浮きすぐに後輪も浮き上がる。さらばインド。こんな酷い国もう来ないぞ!そう思って私はインドを後にした。

インドは若い頃に行けって言葉を最後に考えてみる。体力は使うので若い時の方が良いのは確か。そしてインドへ行くと考え方が変わるのも確か。若いうちの方が感受性も強いからその間に行った方が良いかもしれない。ただし良い影響を受ける人もいればその逆の人もいる。感受性の強い人にとって諸刃の剣なのかもしれないインドって国は。

さてと気を取り直して次はマレーシアへいざ行かん!

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