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しまなみ海道横断記

2001年8月12日
2001年8月13日

西へ旅立つときはいつもムーンライトながらで旅立つのだが一般的な夏休みと日程が重なっている為、指定席を取ることができなかった。そのため夏期のみ運行している品川発大垣行の夜行列車を使うことにした。

品川臨時ホーム学生時代からこの列車の存在は知っていた。夏にムーンライトながらで品川を通る時はいつもホームに溢れる人々を見ていた。あの電車には乗りたくないと思っていたのだが背に腹は変えられない。

出発の二時間前にホームに着く。それでも人がかなり多く、間違い無く座ることは無理だということがわかった。人の数は皆乗りきるのかと思わずにはいられないほどの人であった。それでもどんどん人は増えつづけホームはすぐに満員御礼状態になる。

出発の10分位前に電車が入線した。列を作って待っていたのだが列が乗車口に則していない事が原因で所々に混乱が発生。私の近くで品の無いおっさんとおたくっぽい青年が言い争いをしていた。混乱の原因は列を駅員が管理したり線を引く等何もせず客が勝手に作ったから。ひどいぞJR。

臨時夜行車内なんとか乗ったものの車内も酷い状態。予想通り座席に座ることは出来なかった。車内は暑い。立っているだけでも汗をかく。この電車で約6時間ほとんど立ちっぱなし。思っていた通りの電車だ。

時間は遅々と流れ、列車はやっと終点大垣へ到着する。そこで乗換え本日の目的地尾道へ向う。おかげさまで尾道へ向う列車の中ではほとんど寝ていた。

13:00頃に尾道へ着く。空はもくもくとした雲で半分程覆われていたが太陽はさんさんと輝き陽射しが体を刺す。あまりの暑さに到着早々クーラーの効いた観光案内所で30分程休んでしまった。情けない・・・

尾道は坂が多い。医師団ならぬ石段も多い。良く知らずに自転車を担いで登ったらさあ大変。石段はすぐに終わると思っていたのに延々と石段が続く。途中で止めるのも悔しいので次で最後だと思いながらいくつもの石段を登っていった。握力が少しずつ無くなっていき、汗がダラダラ流れた。いつの間にか頂上に到着していた。

丘の上から丘の上には文学のこみちという所がある。カップルや女性グループ等が歩いていると中々良い雰囲気を醸し出す所なのであるが自転車持って汗をダラダラ流した男が歩く所では無い。坂・石段あり。岩が通路に突き出ている所がありこれが性質が悪い。自転車を抱えて通るのはきつい。文学のこみちではなく文学の坂道という名前なら抱えて行かなかったんだけどな。でも、それじゃ格好つかないか。

私が見た限り他に自転車を抱えて頂上まで登っている人はいない模様。頭の良い皆さんは無謀な事は止めましょう。(経験者談)

尾道のあるお寺で握り仏という物がある。粘土を握って顔を書いて釜で焼いてもらって後日送ってもらう。一個\1500-(送料別)。かなりの人数がやっていた。(私もやった)原価はほとんど無いしあれは儲かる。うらやましい。

上る途中にあった石仏薄暗くなった頃、明日の下見の為に尾道大橋へ行った。橋までの上り坂がきつい。橋の上まで行ったが歩道が無い。信号が無いので脇をビュンビュン車が通って行く。観光案内所でもらった『しまなみ海道 サイクリングマップ』によると「尾道大橋は歩道が狭く危険なため渡舟をご利用下さい。」だって!行った後で気付いた。危ないなら通行止めにすればいいのに。行っちゃったじゃないの!

夜になり行列のできていたラーメン屋で尾道ラーメンを食べあまりのまずさに閉口し、オンボロ銭湯に行って汗を流し、たくさんのカップルが歩く海辺でテントを貼って寝た。

尾道弁がそうなのかわからないが、ラーメン屋で店員が『〜入りました。』と言う時、『た』でイントネーションが下がる。東京ならそこで上がるんだが。ここの店が東京にあったらやる気の無い店だと思われるな。

尾道は一人で旅する雰囲気ではない。友人とならまた来てもよいかもしれない。明日はしまなみ海道横断。一日で走り切れるか不安だ。

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