第三部 ジャングルツアーそしてシエラへ
<テナからトレッキング拠点の村へ>
さて翌日、時間通り来ないんだろうなと思いつつ定刻通り到着する。案の定彼女はいなかった。「20分か30分か、1時間は止めてくれよ」と思っていたらわずか3分遅れで彼女は来た!素晴らしい!彼女と荷物を運ぶ為に来てくれた彼女の友人と食料や長靴などの荷物を持ってバスターミナルへ向かう。彼女の友人とはターミナルで別れ彼女と2人でバスに乗り拠点となる村へ向かった。
熱帯雨林といくつかの村を通り過ぎ約1時間でバスは終点に到着する。バスを降りると目の前には大きな吊り橋が掛かっていた。スペインの援助で数年前に建てられたと彼女は言っていた。
バスに知り合いが乗っていたらしく世間話が始まる。隣で聞いていても全くわからない。これがケチュア語(キチュア語)か。ケチュア語とはエクアドルの先住民(ペルー・ボリビアも) が使っている言葉で田舎で行くと日常会話はケチュア語らしい。ただしほとんどの人はスペイン語も話せる。最近はケチュア語を知らない若者が増えているそうだ。
高い吊り橋を渡って村へ向かう。舗装路は無く道には所々に水溜りがある。平地なのがまだ救いか。荷物の重さをだいぶ感じるようになった頃、村へ到着した。
<拠点の村>
彼女の家族の村だとここで始めて聞かされる。子供と犬が所々で遊んでいる。まず彼女の母親の家に連れて行かれ紹介される。家にいた6・7人に一通り挨拶を済ませ一息ついていると突然「今日はドイツ人とアメリカ人と一緒になるから」と伝えられる。「おぃおぃ聞いてないよ。それならもっと早く言えよ。」と思ったが全員女性と聞き「まぁいいか」とすぐに納得(笑) あぁ単純。
食事になり彼女達とご対面。ドイツ人は2人。2人とも背が高い。175〜180cm程度か。一方は痩せていてもう一方は少しぽっちゃりしている。アメリカ人はエクアドルによくいる顔だ。話を聞いたら片親がエクアドル人らしい。だから彼女はスペイン語が話せるそうだ。ドイツ人に駄目な英語で挨拶してアメリカ人とスペイン語で話をする。この3人はアメリカの娘がドイツ留学時に知り合ったそうだ。
食事が終わり出立の準備をする。ハンモックと毛布を受け取り強引にリュックの中へ入れる。パンパンになるがパッキング完了!さあ出発と思ったが彼女達の準備が終らず数十分待たされる。女の準備が遅いのは万国共通か・・・
<ツアーへ>
ガイドを伴いやっと出発。ガイドはインディヘナの血を濃く引いた顔立ちでTシャツ、短パンを着て黒いぶかぶかの長靴を履いている。手には障害物をどけるために大きなナタを持っている。歩く順番はガイドに女性3人が続き私は一番後ろ。ガイドが所々で立ち止まり植物の説明をしてくれるのだが私が到着する頃には半分以上の説明が終っている。まったくなんなんだこのガイドは。そう思いながら後へ続く。
進んで行くと次第に道がけもの道になり左右には鬱蒼と茂る木々に囲まれる。ジャングルの木々には苔が生えている。足元には落ちた葉が積み重なり下は腐葉土になっている。直射日光は直接降り注がず湿気が凄い。2・3時間程度歩いたのだろうか突如目の前が開け小さな小屋に辿り着く。どうやら昼食らしい。
昼飯はどこから来たのか色が黒くてぽっちゃりした12歳位の女の子が作ってくれた。さーっと飯をかき込み小屋の中で休憩。すると「水浴びに行くぞ」とガイドに誘われ近くの川へ。一応水着は持っていったが泳ぐ気は全くなし。大きな岩の上に上って昼寝でもするかと思っていた。
川に着いて皆が水浴びを始める。ぼーっと見ていると「あれ!?裸?」 2人が全裸で水浴びしているじゃないの!「イカン、もっと近くで見るために俺も泳がなくては。向こうが全裸なんだから俺も全裸で行くか?それとも・・・」 少し迷ったが結局水着着用で入る事にした。俺もまだ弱いな・・・
インドで溺れてからは絶対に泳がないと決めているのだが今回限りは水浴びを楽しむ。「これがあるから一日US$30か?いや、そんな事ないよな」 くだらない事を考えていたらいつの間にか水浴びは終了。いい目の保養になりました。いいなジャングルツアー(爆)
再び小屋に戻り身支度をして再度出発!ここからまたジャングルを2時間程歩き今日の目的地へ到着する。目的地には黒いビニールシートで屋根だけ付けた簡易テントが準備されていた。木の枠組みにハンモックを括り付けて寝る準備完了。それにしても彼女達と私に対するガイドの差別が酷い。彼女達の寝袋や毛布はガイドが運び、ここでは彼女達は蚊帳を上からぶら下げてもらっている。それに対し私は全て自分で運び蚊帳もなし。同じ客だろうが!一体何様のつもりだ(怒)
空に星が出始める頃夕食になる。メニューはユカ(山芋)に豆とパックの紅茶。侘しいものだ。食事が終わり辺りが真っ暗になると「クァックァッ」と気味の悪い声が聞こえてくる。ガイドが言うには猿が鳴いているらしい。川辺でしばらく星を見て寝床へ入る。
<大雨>
何時間寝ていたのだろうか?目が覚める。バチバチとビニールシートの屋根を強い雨が叩いている。川に近いからか少し寒い。再び眠ろうとするが雨音と寒さで眠れない。雨は止む気配は無く少しずつ強くなっていた。すると突然バーンという音がして雨がハンモックに降りかかる。「何事!?」と靴も履かずに飛び起きて状況を確認するとビニールシートが一部はだけている。雨水が溜まってシートを留めていたロープが外れたらしい。
ガイドを叩き起こし「早く直せ!」と督促し雨に濡れた自分の荷物を屋根が残っている所へ移動させる。ガイドはだるそうに起きて屋根を直したが私には濡れたハンモックと毛布、そして荷物が残った。勿論他の3人も起きていて「クレイジー、クレイジー」と連呼していた。ガイドにハンモックが濡れたと言うと「振れば乾く」と言われる。彼はすぐに自分の寝床へ戻ってしまい仕方ないので湿気を持ったハンモックに横になる。寒い。悪寒がする。それでもいつの間にか意識がなくなり朝を迎える。
<けだるさ>
目覚めると悪寒は無くなった。しかし、頭がすっきりしない。「寝不足かな」と思いぼーっとした頭で朝食を食べ片付けをして出発する。歩き始めるとすぐに川があった。ガイドは私達を置いてさっさと渡る。彼が対岸に着いた時、遅れていたドイツの娘を待っていた私達はまだ川へ足を踏み入れてなかった。浅そうな所を歩くが見誤り両方の長靴が浸水。朝から最悪。「ちゃんと後ろを見ろ!」昨日もそうだったし今日も彼は客を置いてさっさと行く事が多かった。湿って最悪の履き心地の長靴とふらふらした頭で3時間程度歩き拠点の村へなんとか辿り着く。
<乗馬ツアー>
到着後、乗馬ツアーの準備をするから少し待てと言われる。寝不足で辛い。30分ほど座って待つ。ヒヒーンと馬の鳴き声が聞こえ少しすると準備ができたと言われ彼に着いて行く。そこには年を取って毛が真っ白になった馬が2頭、私達を待っていた。今度のガイドはじいさんで皆がパパと呼んでいたのでこの家族の家長だろう。
爺さんの助けを借り1頭にまたがりいざ出発!出発して私の第一声(かなりびびりが入った感じで)「馬乗った事ないけど大丈夫?」 爺さん「大丈夫だ問題ない」 「途上国住民の大丈夫という言葉ほど当てにならない物はないんだよな」と思いながら「乗っちまったもんは仕方ねえ」と腹をくくり先を歩く爺さんの馬に着いて行く。
ところが私の馬は歩くのが遅い。爺さんにあっという間に置いて行かれる。それでも「急いだら危ないよね」とゆっくり進むと爺さんが待っていて「早く歩かせるなら足で馬の横っ腹を蹴るんだ」と言われた。言う通りにしたがやはり早く歩かない。爺さんが見かねて自分の馬と替えてくれた。
今度の馬は良く歩く。私が指示しなくてもさっさと歩く。方向を指示しなくても悪い所を避けて歩く。「馬は思ったより頭いいなぁ」 と感心。そんな事をお馬さんは知る事もなくパカパカゆっくり進んで行く。
ここから数時間草原の獣道を進む。道の脇には所々家がありガイドが挨拶していた。天気も良く気持ちが良い。途中から馬に慣れてきて単に歩くだけなら怖くない。爺さんがサービスで自分の馬を走らせると私の馬もそれに付いて走る。景色が早く流れグワングワン上下に振られる。面白いけど危ねぇ。爺さんに「サービスしてくれてありがとう。でも危ないから止めて」とお願い。そして、ある家の前で馬を繋いで下馬する。
<学校へ>
この家は爺さんの弟の家らしい。すぐに弟が出てきてガイドとケチュア語で話始める。私は肉体的にきつかったので小屋に寄りかかって眠った。時計を持っていなかったのでどれ位意識がなかったかわからない。目が覚めガイドと話すと近くに小学校があるから行くかと聞かれる。行かない理由もないのでついて行く。
5分ほど歩いたのかコンクリ平屋の建物が何軒か建つ場所へ到着。ここが学校らしい。スペインの援助で建てられたそうだ。教室を窓から覗き込むとあるのは机に椅子と黒板だけ。日本の学校であれば地図や学級新聞などが壁に貼ってあるのだがここには無い。爺さん言うにはオリエンテ(ジャングル地方)は一番エクアドルで貧乏だ。政府は汚職が激しく援助物資はなかなか一番下まで届かない。これは大きな問題だと言っていた。学校を去り同じ道を馬で拠点の村へ戻る。
<ツアーの終わり>
拠点の村へ戻り水下痢をしている事に気付く。「もしかしてだるいのは寝不足じゃなくて食当り???」 発病から12時間を過ぎてやっと気付く。原因は昨日の夕食かな。調理に川の水を使っていたし火の付きが悪かったからちゃんと煮沸されていなかんたんだろう。ドイツ人が食わないと言ったから調子に乗って2人分も食ったのがマズかった・・・。
休憩小屋で荷物をまとめ2時間寝て村を去る。帰りは行きと同じくバス。ガイドがテナまで付いてきたが長靴などのツアー会社から借りた荷物も全部自分持ち。何のためのガイドだ?事務所に着きノートに日本語で感想を書いてさっさとおさらば。ノートにはこのツアーは他と比べて安いだけの事はあると遠まわしにお勧めできないと書いた。テナで一泊し再び愛するシエラへ。さらばオリエンテ!
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